名言・語録一覧
いかに弁慶、道々も申す如く、
かく行く先々に関所あっては所詮、陸奥までは思いもよらず。
名もなき者の手にかからんよりはと、覚悟はとくよりきわめたれど、
各々の心もだし難く、弁慶が言葉に従い、かく強力とは姿を替えたり。
面々計らう旨ありや。
直助:伊右衛門さま。なるほど、お前は強悪だなア。
伊右衛門:強悪にゃア、誰がしたえ
四代目鶴屋南北作の歌舞伎狂言。全五幕。文政8年 (1825) 江戸中村座で初演さ...
恋の手習い、つい見習いて、誰に見しょとて紅かね付きょぞ、
みんな主への心中立て、おお嬉し、おお嬉し
梅は飛び、桜は枯れる世の中に、何とて松のつれなかるらん。
女房よろこべ、伜はお役にたったわいやい
三つ子の長男。 藤原時平の舎人、兄弟の中の切れ者。
堕落した、堕獄した。生きながら阿鼻地獄へ落ちた
落ちても、こけても、のめっても、だんないだんない
院建立を約束に皇子誕生の願をかけ、見事これを成就させる。しかし当の天皇が寺院建立...
盗みはすれど非道はせず
天下の大盗賊。千寿姫を身投げさせた菊之助を手下にする。
べらぼうめ。男と見られたうえからァ、窮屈な目するだけ無駄だ。
もし、お侍さん、御推量の通りわっちァ(私)男さ。
どなたもまっぴら御免なせえ。番頭、煙草盆貸してくれ
千寿姫を騙し身投げさせた後、日本駄右衛門の手下となり女装して恐喝と窃盗を働く。
まず俺の名を手の平に三編書いて嘗めろ、一生女郎に振られるということがねえ
侠客に姿をやつした曾我五郎(助六)は、源氏の宝刀「友切丸」を探すため吉原に通って...
帯を解いて赤い襦袢をはだけてバタバタとあおぎ、浜松屋の番頭らが「どこの馬の骨か知らねえ」というのを受けて
知らざあ言って聞かせやしょう
千寿姫を騙し身投げさせた後、日本駄右衛門の手下となり女装して恐喝と窃盗を働く。
という衝撃の真実を善人の又助が知って、驚き嘆く場面のせりふである。
主人の仇となるは必定。
アーアどうしょう、どうしょう、どうしょう、どうしょう、
‥‥‥コリャどうしたら、よかろうなア
悪いことするなって言ってるんじゃない、ダサいことするなって言ってるんだ
テレビドラマのタイトル。または、そのシリーズ。原作は石田衣良の小説『池袋ウエスト...
故人の求むるところを求む
体験できないことでも勉強して自分のものにすればいい。
僕は、知ったかぶりがいちばん良くないと思っています。
1955年(昭和30年)5月30日生まれ。歌舞伎役者、俳優。
ああ、新之助さん、あなたがそこにそうして笑っているだけで、命がのびますよ。
せりふなんて何もいわないでいい
「源氏物語」上演時、瀬戸内寂聴の隣の席にいた。芝居通らしい。
歌舞伎は何でもアリだ。ただし、美しくなくてはならない
1939年12月9日生まれ。歌舞伎役者、日本の俳優、演出家、京都造形芸術大学教授...
歌舞伎にこだわることは、
時の流れの中にあっても決して変えてはいけないモノを強く意識し、
守り抜くことでもある
1939年12月9日生まれ。歌舞伎役者、日本の俳優、演出家、京都造形芸術大学教授...
変わるのが嫌ならば、歌舞伎役者ではなく、能役者になるべきだ
1939年12月9日生まれ。歌舞伎役者、日本の俳優、演出家、京都造形芸術大学教授...
私は伝統の継承者である。ただし、型ではなく心の継承を第一とする者だ
1939年12月9日生まれ。歌舞伎役者、日本の俳優、演出家、京都造形芸術大学教授...
知識に頼ると目が曇ります。
1936年生まれ。演劇評論家。
歌舞伎はポップだ。
変わらないでいるなんて、誰も出来ないかもしれない。でもね、私達は確かにここにいる
蒼穹のファフナー
まがい物だろうが何だろうが、貫きゃ真になるはずだ
薄桜鬼の登場キャラクター
監督というのは、一人一人の選手に合う洋服を考えて着させることが仕事だ。
アルベルト・ザッケローニ(Alberto Zaccheroni、1953年4月1...-ウィキペディア
人生って勝つときもあれば負けるときもある。
うまく行くときもあれば行かないときもある、しょうがないじゃないかと、思った
退屈さの中に、固有の意味を見いだしていくことになります。
意味というのは、一種の痛み止めなのです。
1986年『月刊カドカワ』1月号
この一幕の悲劇性を象徴するせいふである。