カール・マルクス 50
1818年5月5日 - 1883年3月14日
ドイツ・プロイセン王国出身の哲学者、思想家、経済学者、革命家。1845年にプロイセン国籍を離脱しており、以降は無国籍者であった。1849年の渡英以降はイギリスを拠点として活動した。
フリードリヒ・エンゲルスの協力を得つつ、包括的な世界観および革命思想として科学的社会主義...-ウィキペディア
国民の内部における階級の対立が解消するとともに、国民相互の敵対的立場も解消する
「共産党宣言」より
人間は自分の運命を支配する自由な者のことである
「経済と哲学」より
後進国のブルジョアは、先進国の革命を学ばずに王政復古の真似ばかりしている
「ヘーゲル哲学批判」より
宗教は抑圧された生物の嘆息であり、
また、それが魂なき状態の心情であると等しく、
無情の世界の感情である。
つまり、それは民衆の阿片である。
「ヘーゲル法律哲学批判」より
思想が現実に迫るのみでは十分ではない。
現実が自ら思想に迫るのでなければならない。
「ヘーゲル法律哲学批判」より
理論も大衆をとらえるやいなや物理的権力となる。
「ヘーゲル法律哲学批判」より
歴史は繰り返す、最初は悲劇として、二度目は笑劇として、
過去の亡霊を呼び出し、その由緒ある衣装に身を包み、
借りものの言葉を演じる。
「ルイ・ボナパルトのブリューメル」より
おとなは二度と子どもになることができず、できるとすれば子どもじみた姿になるだけである。とはいえ、子どもの天真爛漫は、おとなを喜ばせはしないだろうか。そしておとなが、今度は自分たち自身で、より高次の段階において子どものもつ素直さを再生産することに努力してはならないのだろうか。
「経済学批判要綱」(序説)より
現在の社会は決して固定した結晶体ではなく、変化することの可能な、そして常に変化の過程にある有機体なのだ
『資本論』(第1版序文)
哲学者たちは世界を単にさまざまに解釈しただけである。問題なのは世界を変えることなのである。
ローマの奴隷は鎖によって、賃金労働者は見えない糸によって、その所有者に繋がれている。賃金労働者の独立という外観は、個々の雇い主が絶えず替わることによって、また契約という擬制によって維持されているのである。
『資本論』(第1巻)より
例えば、この人が王であるのは、単に他の人々が彼に対して臣下として振舞うからでしかない。ところが、逆に、かれらは彼が王だから自分たちは臣下だと思い込んでいるのである。
『資本論』(第1巻)より
私は醜い男である。しかし、私は自分のために最も美しい女性を買うことができる。だから、私は醜くない。というのも、醜さの作用、人をしてぞっとさせるその力は貨幣によって無効にされているからだ。
『経済学・哲学草稿』より
貨幣の機能について、ゲーテの『ファウスト』の一節への皮肉を込めた注釈の形で言及したもの
貨幣の機能について、ゲーテの『ファウスト』の一節への皮肉を込めた注釈の形で言及したもの
すべては疑いうる。
「あなたの好きな言葉は?」という子どものの質問に答えて
しかし、特定の個人は単に一つの特定の類的存在であるにすぎず、そのようなものとして死を免れないものなのである。
『経済学・哲学草稿』より
人間にかんすることで自分に無関係なものはない
「あなたの好きな格言は?」という娘イェーニーの質問に答えて
私が嘲笑するのは、いわゆる「実際的な」人々や彼らの知恵なのです。もし人が牛のようなものでありたいと思えば、もちろん人類の苦しみには背を向けて、自分自身のことだけ心配していることもできるでしょう。
マルクスからジークフリート・マイヤーへの手紙
各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて
『ゴータ綱領批判』より
共産主義社会における労働と分配のありかたを簡潔に述べたもの
共産主義社会における労働と分配のありかたを簡潔に述べたもの
人間は歴史を作る。しかしそのことを知らない。
我々の日々の生活の積み重ねが歴史を作っているが、そういう実感はなかなか持ちにくい。
万国のプロレタリアよ!!団結せよ!
ソビエト連邦の初代総統レーニンも国の標語として使った有名な言葉。プロレタリアとは労働者のことである。
何をするにも最初が肝心、という格言はどんな学問にもあてはまる。
「資本論』初版序文より
自らの道を歩め。他人には好きに語らせよ。
「資本論」初版序文
学問をするのに,簡単な道など無い。だから、ただ学問の険しい山を登る苦労をいとわない者だけが、輝かしい絶頂を極める希望をもつのだ。
「資本論」フランス語版序文
理念なるものは、人間の頭脳に現実から転移され、移し替えられた物質的なものに他ならない。
「資本論」第二版あとがきより
ブルジョア社会では、各人は商品の買い手として百科全書的な商品知識をもっているという“擬制”が支配的に行われている。
『資本論』1巻より