学問のすすめ
顔色や容貌を、いきいきと明るく見せることは、人間としての基本的なモラルである。
顔色容貌の活発愉快なるは人の徳義の一ヵ条にして、人間交際においてもっとも大切なるものなり。
語彙の少ない人の話は、聞いていて実に気の毒になる。
また今日不弁なる人の言を聞くに、その言葉の数はなはだ少なくしていかにも不自由なるがごとし。
栄誉や人望はあえて望むべきなのか。
然り。努力して求めるべきである。
しからばすなわち栄誉人望はこれを求むべきものか。いわく、然り、勉めてこれを求めざるべからず。
世間のさまざまな物事のうち極端な面ばかり目を向けて批判しても害を為すだけだ。
およそ世の事物につきその極度の一方のみを論ずれば弊害あらざるものなし。
人望はもとより力量によりて得べきものにあらず
力量があれば人望が得られるものではない
誠実さによって、徐々に得られるものなのである。
誠実さによって、徐々に得られるものなのである。
みだりに他人を軽蔑すれば、必ず他人からも軽蔑されるものだ。
みだりに人を軽蔑する者は、必ずまた人の軽蔑を免るべからず。
理想のみ高尚遠大で、行動力に乏しい者は、常に不平を抱いていなければならぬ。
心事高大にして働きに乏しき者は、常に不平をいだかざるを得ず。
西洋文明を学び習うのはいい。
しかし無批判に信用するぐらいなら、いっそ信じないほうが、まだマシである。
西洋の文明もとより慕うべし。これを慕いこれに倣わんとして日もまた足らずといえども、軽々これを信ずるは信ぜざるの優に若かず。
地理、歴史の初歩も知らず、手紙もろくに書けぬ手合いが高尚な本を読みたがり
はじめの数ページで飽きてしまい、別の本に移っていく。
地理、歴史の初歩をも知らず、日用の手紙を書くこともむずかしくして、みだりに高尚の書を読まんとし、開巻五、六葉を見てまた他の書を求むるは、元手なしに商売をはじめて日に業を変ずるがごとし、和漢洋の書を読めども天下国家の形勢を知らず一身一家の生計にも苦しむ者は、算盤を持たずして万屋の商売をなすがごとし。
10年前の計画をいまやすでに成し遂げた、というような人間をわれわれは見たことがない。
「十年前に企てたることを今すでに成したり」と言うがごときは余輩いまだその人を見ず。
自由にものを言い、自由に働き、富貴も貧賎も
それは本人自身が選び取った結果であるようにすべきだ。
その自由を妨げてはならないのである。
自由に言わしめ、自由に働かしめ、富貴も貧賤もただ本人のみずから取るにまかして、他よりこれを妨ぐべからざるなり。
自由に言わしめ、自由に働かしめ、富貴も貧賤もただ本人のみずから取るにまかして、他よりこれを妨ぐべからざるなり。
人生をいきいきと生きる活力は、事物に接しなければ生まれにくい。
人生活発の気力は物に接せざれば生じ難し。
富貴は恨みの中心ではなく、貧賎は不平の源ではない
富貴は怨みの府にあらず、貧賤は不平の源にあらざるなり
言論は自由でなければならぬし、人の行動を妨げてはならない
人の言路は開かざるべからず、人の業作は妨ぐべからず。
怨望を抱く者どもは、世間の幸福を破壊するだけで、世の中に何の寄与もなしえない。
この輩の不平を満足せしむれば、世上一般の幸福をば損ずるのみにて少しも益するところあるべからず。
ただ一つ、発揮される場所、方向にかかわらず
悪徳以外の何者でもないものがある。
怨望が、すなわちそれである。
ひとり働きの素質においてまったく不徳の一方に偏し、場所にも方向にもかかわらずして不善の不善なる者は怨望の一ヵ条なり。
傲慢と勇敢、粗野と率直、軽薄と俊敏、すべて紙一重で悪徳とも美徳ともなりうる
驕傲と勇敢と、粗野と率直と、固陋と実着と、浮薄と穎敏と相対するがごとく、いずれもみな働きの場所と、強弱の度と、向かうところの方角とによりて、あるいは不徳ともなるべく、あるいは徳ともなるべきのみ。
学校の名誉とは、学問水準が高いこと、学問の教え方が巧みであること、
学内の人物の品行が高潔で、議論に優れていることにある。
学校の名誉は学科の高尚なると、その教法の巧みなると、その人物の品行高くして、議論の賤しからざるとによるのみ。
酒と女におぼれるような者は、人間のクズであろう。
そんな者と比べてまだマシだと喜んでいるような者は
自分の愚かさをただ世間に公表しているだけだ。
人として酒色に溺るる者はこれを非常の怪物と言うべきのみ。
この怪物に比較して満足する者は、これを譬えば双眼を具するをもって得意となし、盲人に向かいて誇るがごとし。
いたずらに愚を表するに足るのみ。
この怪物に比較して満足する者は、これを譬えば双眼を具するをもって得意となし、盲人に向かいて誇るがごとし。
いたずらに愚を表するに足るのみ。
懸命に勉強することは人間として当然で、ことさら誉めるにも及ぶまい。
謹慎勉強は人類の常なり、これを賞するに足らず、人生の約束は別にまた高きものなかるべからず。
他の怠惰な者たちと比較してのことだけであるまいか
その得色はただ他の無頼生に比較してなすべき得色のみ
決して自己満足しないことに尽きる
みずから満足することなきの一事にあり。
自分の内部に思いをこらし、学識が深いこと、底知れぬ淵のようであるとともに
外に、人と接して知的活動が自由自在なこと、空翔ける鳥のようであってこそ
はじめて、真の学者と言えるだろう。
私に沈深なるは淵のごとく、人に接して活発なるは飛鳥のごとく、その密なるや内なきがごとく、その豪大なるや外なきがごとくして、はじめて真の学者と称すべきなり。
現在、わが国民において、最も憂うべき問題は、人びとの見識が低いということである。
方今わが国民においてもっとも憂うべきはその見識の賤しきことなり。
まれに賄賂のうわさ一つない正直な役人がいると
前代未聞の優れた武士として評判になることがある。
だが実際は、ただ金を盗まなかったというだけだ。
まれに正直なる役人ありて賄賂の沙汰も聞こえざれば、前代未聞の名臣とて一藩中の評判なれども、その実はわずかに銭を盗まざるのみ。