イマヌエル・カント 37

1724年4月22日 - 1804年2月12日プロイセン王国(ドイツ)の哲学者であり、ケーニヒスベルク大学の哲学教授である。『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』の三批判書を発表し、批判哲学を提唱して、認識論における、いわゆる「コペルニクス的転回」をもたらした。フィヒテ、シェリング、そしてヘーゲルへと続くドイツ古典主義哲学(ドイツ観念論哲学...-ウィキペディア

内容のない思想は空っぽで、
概念のない直観は無為である。

「純粋理性批判」より

なにかが美化を概念によって規定する如き趣味の客観的な法則はあり得ない。
なぜならば、趣味の判断はすべて直感的であるからだ。
つまり、趣味の判断の規定根拠は主観の感情であって、容態の概念ではない。

「判断力批判」より

酒は口を軽快にする。だが、酒はさらに心を打ち明けさせる。
こうして酒は道徳的性質、つまり心の素直さを運ぶ物質である。

「人間学」より

女は自分の前を通ったよその婦人の眼が自分を注目したか、いなかを直感的に悟る術を心得ている。女が身を飾るのは、ほかの女たちを意識しているからである

「追憶の哲理」より

    これ本当にカントのことばですか?
    キルケ何とかさんも同じこと言ってますが。 - Watashi_wa_daare

    キルケゴールのことですか?
    確かに同じこと言っていますが、どちらが正しいかわからないです(すみません)。検索すると両方引っかかるので・・・
    キルケゴールは女についての名言が多いので、もしかしたら彼かもしれませんね。まあ、一番確実性があるのは彼の著書を読むことですが・・・ - おっさん

無限に善と見なされ得るものはただひとつ、
善なる意志以外に、これを考えることは出来ない。

「道徳刑而上学の基礎」より

人が財産を使うにさいしては慎重さとためらいとがある。それは善行ではないし、手腕も能力も必要とはしない

「講演」より
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友情関係は同等関係である

「友情論」より

    友情関係は対等である。切磋琢磨が必要だ。 - 銘無き石碑

徳にとってまず要求されることは、自己自身を支配することである。

「人倫の刑而上学」より

法においては、他人の権利を侵害するときは罰せられる。
道義的には侵害しようと考えるだけで罪である。

「断片」より

宗教とは、われわれの義務のすべてを神の命令と見なすことである。

「倫理学講義」より

あらゆる宗教は道徳をその前提とする

「倫理学講義」より

    違うと思います。 - 銘無き石碑
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すべての知識は経験に基づく。

「断片」より

人間は安楽に満足して生きたいと思うが、自然は人間が安楽と無為の満足に甘んじさせず
労苦や労働に打ち克つ手段の発見にし知恵をしぼらせようとして
労苦や労働の中に人間をほうり込む

「一般歴史学」より

われは孤独である。われは自由である。われはわれみずからの王である

「断片」より

    君とは話が盛り上がらないね。 - 銘無き石碑

真の人間性に最もよく調和する愉しみは、よき仲間との愉しい食事である。

「人間学」より

天才は生得の心の素質であり、これによって自然は税術に規則を与える

「断片」より

    税術ってなんだよ?
    芸術だろ - バカ

民主政治は専制政体と変わらない。
なぜならば、民主政治とは全員がひとりの意志を無視し、
時にはこれに逆らって議決し得る。
という全員ならぬ全員が、
議決し得る執行権を認めるからである。

「永久平和のために」より

人間はすべて、文明が進めば進むほど俳優になっていく。
つまり、人間は他人に対する尊敬と好意、典雅と無私の風を装うが、
それにたぶらかされる人はいない。

「人間学」より

教育は、人間に課すことのできる最も大きい、難しい問題である。

「断片」より

    教育は、人間に課すことができる最も大きい、難しい問題である - 銘無き石碑

    教育者に道徳上の問題を抱えた人が多いのはどうしてだろうか。 - マングローブ

疑う余地のない純粋の歓びの一つは、勤勉の後の休息である。

「語録」より

純粋な歓びのひとつは勤労後の休息である

「断片」より

自然にあるすべてのものは法とともに行動する。

「断片」より

大自然の秩序は宇宙の存在を立証する。

「断片」より

モラルある政治家は、国にとってなにが最善かをモラルを踏まえて考える。モラルを説く政治家は、自分の政治のためにモラルを利用しようとする。

『永遠の平和のために』

ああ、いかに感嘆しても感嘆しきれぬものは、天上の星の輝きと我が心の内なる道徳律!

『実践理性批判』より