名言・語録一覧

徳は、虚栄が随伴するのでなければ、それほど遠くまでは行かないであろう。

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

不徳がわれわれのもとを立ち去ると、われわれは自分の法から不徳を棄てたと信じて得意になっている。

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

われわれの徳行は、往々にして偽装した不徳にすぎない。

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア


    そうかも - 銘無き石碑

礼儀作法は法と称されるもののうちで、
いちばんつまらないものだが、最もよく実施されている。

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

恋愛においては往々にして疑うよりもだますほうが先にたつ

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

恋は火と同じく、不断の動きなしには存続し得ない。何か望んだり、怖れたりする気持ちが失せるや否や、恋は息絶える

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

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幸福な人々の節制は、幸運が彼らの気質に与えたおだやかさからくる

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

世間の人が友情と呼称するものは、社交・欲望のかけ合い・駆け引き・親切の交換にすぎない。つまり、自愛がつねに何か得をしようとする一種の取引にすぎない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

友人や恩人たちの欠点について終始遠慮なく語るようになったら、
もう彼らに対して持つべき感情を永く持続できない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

われわれが敵と和解するのは、味方の条件より有利にしようと願うからであり、
戦争に疲れ果てているからであり、また、何か凶事が起こりはしないかと杞憂するからにすぎない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

嫉妬は恋と一緒に生まれるが、
恋が死んでも必ずしも一緒にしにはしない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア


    他に好きな人が現れました。だから、君とは今まで通り友人関係だけを続けます。 - 銘無き石碑

    君を愛してしまったようだ。君に嫉妬したことはないが。 - 銘無き石碑
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嫉妬のうちには愛よりも自愛のほうが多く潜んでいる

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

嫉妬深い妻を持つことは夫にとっては痛快である。彼は二六時中、その愛している女のことを聞いていられるから

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

人は嫉妬するのを恥じるが、嫉妬したことがあるということや、
嫉妬できることを誇りに思う

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

虚栄は理性以上に、われわれにわれわれの嗜好に反することをさせるのである

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

葬式の壮麗さは、生きている人の虚栄のためで、
死んだ人の名誉のためではない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア


    担任を含む4人の教師加担、お葬式ごっこ
    黒板の前に置かれた鹿川君の机の上には
    飴玉や夏ミカンが並べられ、花や、線香も添えられていた
    鹿川君の写真の横には
    「追悼」色紙が置かれ
    そこには級友の寄せ書き - お葬式ごっこ いじめ

人は、虚栄が話せと、そそのかさない限り、口をきかない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

自尊心は、あのようにわれわれに嫉妬心を吹き込むが、
しばしばその嫉妬心を和らげる役もする

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

人は普通、賞賛されんがために褒める

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

われわれは、つねにわれわれを称讃する人たちを愛するが、
われわれはわれわれが称讃する人たちを必ずしも愛しはしない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

謙遜は、人の称讃を嫌がるように見えるが、
その実はもっと婉曲に称讃されたい欲望にすぎない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

われわれが敵の不幸を憐れむ心の中には、しばしばやさしさよりも高慢の方が多分含まれている。われわれが彼らに同情の証を見せるのは、彼らにわれわれの優越を感じさせたいからである。

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

われわれの高慢は、往々にしてわれわれが何一つ自分の欠点をなくすごとに、それだけふくれあがる

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

運命の恵みを少しも被らなかった人々にとっては、
運命がかくも暗闇に見えることはない

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア

幸運に圧しつぶされないためには、不運に堪える以上に大きな徳を必要とする

「箴言集」より
ラ・ロシュフコー 148

フランスの貴族、モラリスト文学者。-ウィキペディア