ジャン・ド・ラ・ブリュイエール 63
1645年8月16日 - 1696年5月10日
フランスのモラリストであり作家である。
17世紀のフランスの宮廷人たちを描き、人生を深く洞察した著書『カラクテール』(フランス語: Les Caractères ou les Mœurs de ce siècle)(和訳: 『人さまざま』)(1688年)によって知られる...-ウィキペディア
われわれの悩みはすべて、ひとりでいられないことからもたらされる
「形象集ー孤独」より
貧困が犯罪を生む母であるとすれば、知性の欠如はその父である。
「人さまざま」より
人間は自分たちの話になると、まるで自分たちには小さな欠点だけしかないように語る
「人さまざま」より
男は、自己の秘密よりも他人の秘密を誠実に守る。女は、その反対に、人の秘密よりも自己の秘密をよく守る
「人さまざま」より
恋する老人は自然界における大きな奇形である
「人さまざま」より
人間は年を取ることを望み、しかも老年を怖れる。つまり生命を愛し、死を回避するのである
「人さまざま」より
高い地位は、偉い人をいよいよえらくし、小人物をますます小さくする
「人さまざま」より
阿呆は話さない愚者であるが、話す愚者よりもよい
「人さまざま」より
愚者とは、自惚れるために必要な才知すら持たない者である
「人さまざま」より
笑うべき男とは、笑うべきことをやっている間のみ、愚者の外観を備えている男のことである。愚者のほうは笑うべき格好をくずすときがない
「人さまざま」より
偉人とは、あらゆる職業ができる人間である。裁判所・軍隊・書斎・宮廷等々
どこでも立派にやりこなせる人間だと思われる
「人さまざま」より
われわれが偉人に近づけば近づくほど、平凡人だということが明らかになる。従者にとって偉人が立派に見えることは稀である
「人さまざま」より
紳士とは、大道で追いはぎを働かない人間、
何人をも殺さない人間、
しまり、その悪徳が破兼恥ではない人物のことである
「人さまざま」より
老人をけちにするのは、将来金銭の必要に迫られるという観念ではない。この悪徳はむしろ老人の年齢と体質の生む結果である。彼らが若い時代に快楽を追い、壮年期に野心を追った同じ自然さで、この欲に溺れているのである
「人さまざま」より
けちであるためには、根気も若さも健康も必要ではない。また収入を貯蓄するには少しも急ぐこともいらず、身体を動かす必要もない。ただ自分の財産を金庫に入れておいて、食うや食わずにしていればいい。これは老人に都合のいいことだ。何もせずにいれば、それでいいのである
「人さまざま」より
男は自分を愛してくれなくなった女に対して激昂するが、すぐに諦める。女は捨てられると、それほど騒ぎ立てないが、長い間慰められない思いを胸にいだく
「人さまざま」より
女性は恋愛においては、たいていの男よりも徹底する。だが、友情においては、男が女に優っている。女が互いに決して愛し合わない原因、それは男である
「人さまざま」より
むら気な女とは、もはや愛していない女である。浮気な女とは、すでに他の男を愛している女である。移り気な女とは、果たして自分が愛しているのか、また、誰を愛しているのか自分でもわからない女である。無関心な女とは、誰をも愛さない女である
「人さまざま」より
自由な男、つまり妻を持たない男は、
少し才知があれば自己の身分以上の社交界に出入りして、
上流階級の人々と同等に交際することができる。一方縛られている男の場合には、こんなに簡単にはいかない。結婚はあらゆる人々を自分の中に閉じ込めるから
「人さまざま」より
浮気と同時に貞淑な妻は、亭主には荷が重過ぎる。妻たるものは、いずれか一方を選ぶべきである
「人さまざま」より
隠れた色恋なんかめったにない。多くの女たちは、彼女らの夫の名によるか、その情夫の名によって呼ぶほうがわかりやすい
「人さまざま」より
人は精神の力によって大きな悲しみから脱けられるものではない。・・・人間はすこぶる弱いから、否、非常に浮気だから、すべてを思い諦める
「人さまざま」より
愛すまいとするが、意のままにならなかったように、
永遠に愛そうとしても意のままにならない
「人さまざま」より
われわれが他人を認めるのは、彼らとわれわれとの間に類似のあることを感ずるからである。誰かを尊敬するというのは、彼を自分と同等に見ることであるらしい
「人さまざま」より
恋愛においては、いかにむずかしいことがあっても、
友愛におけるよりも、人の欠点を許す
「人さまざま」より