人物一覧

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織田信長 名言数 18

1534年6月23日 - 1582年6月21日
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。三英傑の一人。 尾張国(現在の愛知県)の古渡城主・織田信秀の嫡男。 尾張守護代の織田氏の中でも庶流・弾正忠家の生まれであったが、父の代から主家の清洲織田氏(織田大和守家)や尾張守護の斯波氏をも凌ぐ力をつけて、家督争いの混乱を収めて尾張を統一し、桶狭間の戦いで今川義元を討ち取ると、婚姻による同盟策などを駆使しながら領土を拡大した...-ウィキペディア

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間奏曲
本能寺にて、光秀の性格や能力を知っていた信長は脱出は不可能と悟り、言い放った

是非に及ばず

塩野七生『サイレント・マイノリティ』(新潮社,1993)87p

人城を頼らば城人を捨せん

「織田信長譜」より

恃むところにある者は、恃むもののために滅びる

「織田信長譜」より
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釈迦 名言数 23

紀元前5世紀ごろの北インドの人物で、仏教の開祖である。...-ウィキペディア

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「毒矢のたとえ」より

なあ、マールンクヤよ。
お前の言うとおり、大事なのは毒の正体がどんなものであるかを知ることではない。
まず毒矢を抜いて、苦しみを取り除くことのほうが先決というものだ。
お前も、死後の世界などという問題にこだわっている場合ではあるまい。
それよりも大事なのは、今の苦しみをどうやって克服すべきかということだ。
今すべきことをせずに、いくら考えても分からないことを考えるのはやめなさい

瀬戸内寂聴『痛快!寂聴仏教塾』(集英インターナショナル,2000)P185

頭髪が白くなったからとて、尊敬できる長老ではない。
ただのむなしい老いぼれである。
真理あり、他者の害にならず、自ら清め、慈しみあって、
そうしてはじめて、彼は心の垢を取り除いた賢者となり、
年長者として尊敬される。

ダンマパダの意訳。
サイの角のように、ただひとり歩め

貪りと怒りと愚かさを捨て、諸々のしがらみを断ち、命が尽きるのを恐れず、犀(サイ)の角のように、ただひとり歩め。

司馬遷 名言数 24

紀元前135?年 - 紀元前87?年
中国前漢時代の歴史家で、『史記』の著者。 姓は司馬。名は遷、字は子長。周代の記録係である司馬氏の子孫で、太史令の司馬談を父に持つ。太初暦の制定や、通史『史記』の執筆などの業績がある。...-ウィキペディア

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富貴なる者は人を送るに財を以てし、
仁人は人を送るに言を以てす

「史記」より

前事の忘れざるは後事の師なり

「史記」より

余甚だ惑う
儻しくは所謂
天道是か非か
(天の定めた道理は、
正しい者に味方していると本当に言えるだろうか。
疑わしいかぎりである。)

伯夷列伝