人物一覧

親鸞 名言数 27

承安3年4月1日 - 弘長2年11月28日
鎌倉時代前半から中期にかけての日本の僧。浄土真宗の宗祖とされる。 法然を師と仰いでからの生涯に渡り、「法然によって明らかにされた浄土往生を説く真実の教え」を継承し、さらに高めて行く事に力を注いだ。自らが開宗する意志は無かったと考えられる。独自の寺院を持つ事はせず、各地に簡素な念仏道場を設けて教化する形をとる。親鸞の念仏集団の隆盛が、既成の仏教教団や浄土宗他派からの攻撃を受けるなどする中で...-ウィキペディア

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85歳時の言葉

無明煩悩われらが身にみちみちて、欲も多く、怒り腹立ちそねみねたむ心多く、
臨終の一念に至るまで止まらず消えず絶えず

AERA Mook 49『親鸞がわかる。』(朝日新聞社,1999)P25

よしあしの文字をもしらぬひとはみな、まことのこころなりけるを
善悪の字しりがほは おほそらごとのかたちなり。

善悪の文字すら知らない人は、嘘のない誠の心であったのに、善悪の字を知った顔をしてモノを書くのは大虚言の体らくである。「三帖和讃」より

罪業もとよりかたちなし、妄想?倒のなせるなり、
心性もとよりきよければ、この世はまことのひとぞなき

「正像未法和讃」より

新約聖書 名言数 46

紀元1世紀から2世紀にかけてキリスト教徒たちによって書かれた文書で、『旧約聖書』とならぶキリスト教の正典。また、イスラム教でもイエスを預言者の一人として認めることから、その一部(福音書)が啓典とされている。『新約聖書』には27の書が含まれるが、それらはイエス・キリストの生涯と言葉...-ウィキペディア

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求めよ、さらば与えられん。
たずねよ、さらば見出されん。
門を叩け、さらば開かれん。
すべて求むるものは得たずねぬる者は見出し、
門をたたく者は開かるるなり

「マタイ伝二十六章六十四節」より

キリスト様は神様のいのちのことばです

愛は寛容にして慈愛であり。愛は妬まず、愛は誇らず、驕らず、非礼を行わず、
己の利を求めず、憤らず、人の悪を想わず

「コリント十三章四節」より
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諸葛孔明 名言数 2

181年7月23日 - 234年8月28日
中国三国時代の蜀漢の丞相 三国志演義では8/23に逝去。

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わが心、秤の如し

「論語」より

時務を知る英傑とす

「語録」より
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織田信長 名言数 18

1534年6月23日 - 1582年6月21日
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。三英傑の一人。 尾張国(現在の愛知県)の古渡城主・織田信秀の嫡男。 尾張守護代の織田氏の中でも庶流・弾正忠家の生まれであったが、父の代から主家の清洲織田氏(織田大和守家)や尾張守護の斯波氏をも凌ぐ力をつけて、家督争いの混乱を収めて尾張を統一し、桶狭間の戦いで今川義元を討ち取ると、婚姻による同盟策などを駆使しながら領土を拡大した...-ウィキペディア

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間奏曲
本能寺にて、光秀の性格や能力を知っていた信長は脱出は不可能と悟り、言い放った

是非に及ばず

塩野七生『サイレント・マイノリティ』(新潮社,1993)87p

人城を頼らば城人を捨せん

「織田信長譜」より

恃むところにある者は、恃むもののために滅びる

「織田信長譜」より