人物一覧

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荘子 名言数 13

?紀元前369年 - ?紀元前286年
中国の戦国時代の宋国の蒙(現在の河南省商丘あるいは安徽省蒙城)に産まれた思想家で、道教の始祖の一人とされる人物である。荘周(姓=荘、名=周)。字は子休とされるが、字についての確たる根拠に乏しい。曾子と区別するため「そうじ」と濁って読むのが中国文学、中国哲学関係者の習慣となっている。...-ウィキペディア

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宰相と為らずんば、則ち良医と為れ。

「荘子」より

至人は己無し、神人は巧無し、聖人は名無し

「荘子」より

死を視ることの生の若きものは烈士の勇なり、
窮の命あるを知り、通の時あるを知り、
大難に臨めども懼れざるものは聖人の勇なり

「荘子」より

太宰治 名言数 45

1909年6月19日 - 1948年6月13日
日本の小説家である。本名、津島 修治(つしま しゅうじ)。自殺未遂や薬物中毒を克服し戦前から戦後にかけて多くの作品を発表。没落した華族の女性を主人公にした『斜陽』はベストセラーとなる。その作風から坂口安吾、織田作之助、石川淳らとともに新戯作派、無頼派と称された。主な作品に『走れメロス』『津軽』...-ウィキペディア

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自分を憐れむな。自分を憐れめば人生は終わりなき悪夢だよ。

恋愛とは何か。私は言う。それは非常に恥ずかしいものである

福田和彦『痛快!性愛学』(集英社インターナショナル,2001)P43

女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ。

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マルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウス 名言数 13

紀元前234年 - 紀元前149年
マルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウス(ラテン語: Marcus Porcius Cato Censorius、紀元前234年 - 紀元前149年)は共和政ローマ期の政治家。清廉で弁舌に優れ、執政官(コンスル)、監察官(ケンソル)を務めた。曾孫のマルクス・ポルキウス・カト・ウティケンシス(小カト)と区別するため、「大カト(Cato maior)」や「カト・ケンソリウス(Cato Censorius...-ウィキペディア

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別のことを論じた演説でも、その終わりには必ず、この一句をつけ加えることを忘れなかった。

とはいえ、わたしは、カルタゴは壊滅さるべきと考える

塩野七生 『ローマ人物語5 ハンニバル戦記 [下]』(新潮文庫,2002)179p

世界の覇者になったはずの諸君の上に、もう一つ女房という覇者がいる

塩野七生 『ローマ人物語8 ユリウス・カエサル ルビコン以前 [上]』(新潮文庫,2004)200p

君の欲しいと思うものを買うな。必要なものだけを買え。

泉鏡花 名言数 1

明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家 本名は鏡太郎

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婚姻は蓋し愛を拷問して我に従わしめんとする、
卑怯なる手段のみ

「愛と婚姻」より