旧約聖書 48

ユダヤ教およびキリスト教の正典である。また、イスラム教においてもその一部(モーセ五書、詩篇)が啓典とされている。「旧約聖書」という呼称は旧約の成就としての『新約聖書』を持つキリスト教の立場からのもので、ユダヤ教ではこれが唯一の「聖書」である。そのためユダヤ教では旧約聖書とは呼ばれず、単に聖書と呼ばれる。『旧約聖書』は原則としてヘブライ語で記載され、一部にアラム語で記載されている...-ウィキペディア

盗みたる水は甘く、密に食う糧は美味あり。

「箴言九章十七節」より

    堕ちていく。低能か。 - 銘無き石碑

白髪は栄の冠弁なり

「ソロモン」より

眼には眼、歯に歯を

「申命記十九章二十一節」より

その口はなめらかにして乳あぶらのごとくなれども、
その心は闘いなり。

「詩篇五十五編二十一節」より

儀は国を高くし、罪は民を辱しむ。

「箴言二十八章一節」より

正義のいさおは平和、正義のむずぶ果はとこしえの平穏とやすきなり。

「イザヤ書三十二章十七節」より
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心の楽しみは良薬なり

「箴言十七章二十三節」より

人のよわいは草のごとく、その栄はのの花のごとく

「詩編一〇三章十五節」より

もろもろの血肉ことごとく滅び、人もまた塵にかえるべし

「ヨブ記三十四章十五節」より

多くの友をもうくる人はついにその身を滅ぼす、
ただし、兄弟よりも頼もしき知己もあり

「箴言十八章二十四節」より

知恵ある者とともにあゆむものは知を得、
愚なるもの友となるものは悪しくなる

「箴言十三章二十節」より
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公道を水のように、正義を尽きぬ川のように流れさせよ。

アモス書より

困難にあって倒れるようでは、汝の力はまだ弱い。

これは主が設けられた日であって、
われらはこの日に喜び楽しむであろう。

自分の心が助言するとおりにせよ。

陽の下に新しきものなし

塩野七生『サイレント・マイノリティ』(新潮社,1993)98p
第2章◆誰のために憲法はある
リヴァイアサン

口からは火炎が噴き出し 火の粉が飛び散る。
煮えたぎる鍋の勢いで 鼻からは煙が吹き出る。
喉は燃える炭火 口からは炎が吹き出る。
首には猛威が宿り 顔には威嚇がみなぎっている。
筋肉は幾重にも重なり合い しっかり彼を包んでびくともしない。
心臓は石のように硬く 石臼のように硬い。
彼が立ち上がれば神々もおののき 取り乱して、逃げ惑う。
剣も槍も、矢も投げ槍も 彼を突き刺すことはできない。

旧約聖書 ヨブ記(新共同訳)
小室直樹『痛快!憲法学』(amazon.co.jp) (集英社インターナショナル,2001)30p
箴言

芳香は、人の心を楽しませる

福田和彦『痛快!性愛学』(集英社インターナショナル,2001)P82

お前は顔に汗を流してパンを得る。土に返るときまで

神は言われた。

我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。
そして、海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。
神にかたどって創造された。
男と女に創造された。
神は彼らを祝福していわれた。
産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。
海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ

旧約聖書創世記 第一章 創造第六日目

ふたりはひとりにまさる。

わたしの選ぶ断食とはこれではないか。
悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて
虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。

エジプトの娘ははずかしめを受け、北からくる民の手に渡される」。
万軍の主、イスラエルの神は言われた、「見よ、わたしはテーベのアモンと、パロと、エジプトとその神々とその王たち、すなわちパロと彼を頼む者とを罰する。
(エレミヤ書 46章 24~25節)

古イスラエル人