吉田兼好 17

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての官人・遁世者・歌人・随筆家。治部少輔・卜部兼顕の子。本名は卜部兼好(うらべ かねよし/うらべ の かねよし)。 卜部氏の嫡流は兼好より後の時代に吉田家と称するようになり、江戸時代以降は吉田兼好と通称されるようになった。また出家したことから兼好法師(けんこうほうし)とも呼ばれ、中学校国語の検定済み教科書ではすべて「兼好法師」と表している...-ウィキペディア

  • 17件を表示

つれづれわぶる人は、いかなる心ならむ。、まぎるる方なくただ一人あるのみこそよけれ

「徒然草」より

万の事は頼むべからず。愚かなる人は、ふかくものを頼むゆえに怨み怒る事あり

「徒然草」より

一銭軽しといへども、これを重ぬれば、貧しき人を富める人となす。されば、商人の一銭を惜しむ心。切なり

「徒然草」より

いかなる女なりとも、明暮れ添ひ見んにはいと心づきなく、憎かりなん

「徒然草」より

初心の人、二つの矢を持つことなかれ、
後の矢を頼みて、はじめの矢に等閑あり

「徒然草」より

大欲は無欲に似たり

「徒然草」より
広告

死後はついでを待たず。死は前よりしも来たらず、かねてうしろから迫れり

「徒然草」より

心なしを身ゆる者も、よき一言はいうものなり。

「徒然草」より

よくわきまへたる道には、必ず口おもく、問はぬかぎりは言わぬこそいみじけれ

「徒然草」より

人の身にとむことを得ずしていとなむ所、
第一に食物、第二に着るもの、第三に居る所なり。

「徒然草」より

百薬の長とはいへど、万づの病は酒よりこそ起これ。

「徒然草」より
広告

折節の移り変わるこそ、物毎にあはれなれ。

「徒然草」より

気違いの真似する奴は気違いだ。

「P.S元気です。俊平」を真似して評判落とした奴は数知れず。
漫画の真似して人生駄目になったステレオタイプ人間ばかりが登場する作品です。
俊平君も年とともに常識的になりましたが最終回では久々にやってくれました。

ひとつの事を成す時は他の事は捨てよ。
なりふり構うな。
何と言われても気にするな。

おぼしき事いわぬは、腹ふくるるわざ。

しづかなる山の奧、無常の敵きほひ來らざらんや。その死に臨めること、軍の陣に進めるに同じ(山奥の草庵で静かに暮していても、死に直面しているという点では、戦場にいる武士と変わらない)。

『徒然草』第137段より

改めて益なきことは改めぬをよしとするなり。

「徒然草」より