カレル・ヴァン・ウォルフレン 43

生 1941年4月
オランダ・ロッテルダム出身のジャーナリスト、政治学者。現在はアムステルダム大学比較政治・比較経済担当教授。 オランダ語の発音ではカーレル・ファン・ヴォルフェレンとなる。...-ウィキペディア

1987年に、アメリカ在住の日本人利根川進博士が、
医学部門でノーベル賞を授与された時、
多くの新聞が指摘したのは、
何十年間か海外で学び海外の研究所で仕事をするという刺激がなかったら、
受賞できなかったであろうということだ。
日本の大学にいる科学者は、
有能な研究者を下積みの地位にしばりつける極端に硬直した学界ヒエラルキーと、
文部官僚の過度の規制とに妨げられて、
思うように研究もできないのである。

1985年の夏、当時の中曾根首相によって設置された、
教育学者、学識経験者、財界人が構成する臨時教育審議会は、
教育制度全体への批判以外のなにものでもない第一次答申を発表した。
報告書によると、日本の教育が作ってきたのは、
明確な個性を持たず、まともに考えることもできず、
自分で判断もできないといった特徴をもった、
型に嵌まった人間であった。
とはいえ、報告書に盛られた対策は、
文部省代表と自民党内の教育改革派など、
あまりリベラルでない審議会メンバーの意見を色濃く反映していた。
1986年および87年に発表された第二、第三の臨教審答申は一段と逆行が進み、
個性的な考えの人間を教育する必要性を無視する後退した印象になっている。

財界のトップが、創造性の欠如について不満を述べるのはよいが、
日本の学校が今日のようになった責任のかなりの部分は、彼らがとるべきだろう。
1960年代初めに、経済団体の代表(経済審議会)が
経済発展に最適な状況をつくるため、
国の教育制度を一部手直し、
学校を「高質の労働者を養成する訓練所」にする必要性を
「経済発展における人的能力開発の課題と対策」として提言している。
やがてこれらは、政府の中央教育審議会の基本答申に組み込まれた。
答申にもられた提案はその後、各種の委員会の具体的計画に盛り込まれ、
70年代に文部省が改定したカリキュラムに徐々に反映されていった。
このようなカリキュラム改定の結果、
教師の推定を総合した統計によれば、
小学校児童の三割、中学生の五割、高校生の七割が授業について行けなくなっている。
学校では理解の遅い子供のために授業のペースを落とすことはできない。
全体のカリキュラム構成も、進度も、文部省によって決められているからである。
産業界の提言にもとづいて立案された教育計画の一環として、
教育当局は、どの上級学校へ進学させるかの進路指導にあたって、
すべての生徒を成績によって五段階に分けた。
80年代になると、偏差値の子供への圧力はさらに増大した。

生徒のランクづけ制度の導入によって、
教師が生徒を間接的に支配する力は増したのである。


    今は学校以外で勉強できる場所、教材、インターネットがあり、学歴社会も崩壊してしまった - さくら

1980年代前半には、校内暴力に関連して、
一般の人々も今の教育制度の欠陥を嫌というほど思い知らされることになった。
1983年の数カ月間、新聞には生徒に襲われた教師の記事があふれた。
卒業式の後、復警だといって教え子に待ち伏せされ、襲われた教師もいる。
日本の学校は極端に世論を気にし、校内の不祥事はたいてい外にはもらさないため、
警察や新聞社の耳に届いた事件は、氷山の一角にすぎないだろう。
さて、1985年になって、もっと深刻な問題が表面化した。
集団で弱い者をいじめたり、からかったりする大がかりな『いじめ』現象が、
日本中のあちこちの学校で起こっている。
警察庁と法務省も、この問題について報告書を出し、続いて文部省も、
同省はじまって以来の暴力事件の調査を四万校の小・中学校で実施することになった。
日教組の全国大会で判ったことだが、
教師の約半分が学校の秩序維持には体罰も必要だと考えている。
弁護士グルーブが調べた985校の大半で、
生徒がほとんど毎日のように教師に殴られたり蹴られたりしているという。
こうした処罰の方法は、 『いじめ』と密接に関係があると見られる。


    体罰反対
    最も、ゲス指導 - さくら

新聞がいくつかの実例を社説で取り上げた。その一つは、
ある中学教師が、喫煙しているのが見つかった女生徒の家に行き、
その子に、切腹して死ねばよいと言ったあと、
床に土下座して謝らせ頭を蹴ったという事件である。
新聞で報道されるよりもっと多くの事件が、調査によって明るみに出たことからも、
学校での体罰は日常化していると、この社説は結論した。
当局の調査が明らかにしたのは、
他の子供とどこか違う子を、先頭に立って集団で制裁する教師が多いことや、
不文律に違反した生徒を除け者にするのにも教師が
しばしば同意を与えていたということである。
周囲に自分を合わせることは日本の社会では高く評価されるが、
『いじめ』が同調を強いる目的でおこなわれるのは許されない、と結論されている。
臨教審は、新聞社代表との会談で、
この問題は日本社会全体の秩序の乱れを反映しているとまで言いきった。
軽い(時としてそれほど軽くない)形の威嚇は、
社会における権力のヒエラルキーを維持するのに役立つと考えていることは、
普段はおくびにも出さない彼らなのだが、思わず本音を吐いてしまったようだ。
生徒にけしかけて弱い者いじめをさせる教師は、
まさしく『システム』がいかに機能するかを示す一つの例といえる。


    パワハラ教師恐るべし - さくら
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いじめ問題は、各新聞にセンセーショナルな記事と怒りの社説を書く機会を与えた。
しかし、この問題には、はるかに重要な意味がこめられているのである。
これはいわば象徴的な問題で、深く道徳がかかわっている。
すなわち、二つの陣営が支配権をめぐってしのぎを削る闘いを繰り広げており、
勝者のやり方で若い世代を『システム』に適応させようというものであった。
この種の問題はどれも、戦前の教育慣行の復活に有利な土壌づくりを目指す、
しつけ重視の文部省と、教育問題に熱心な自民党内のグループを、
ある程度、利するものである。
これに反対する陣営には活動家教師、問題を憂慮する知識人と親たちがいる。
管理者の考えでは、米占領軍当局が国粋主義的な教育を一掃して以来、
しかるべき『道徳』教育の不在が、今の教育制度の最大の問題だとする。
政府の見解は、中曾根元首相の発言にあるように、
この問題の大もとは各家庭と社会全般に規律がないためだとしている。
一方、日弁連は、
本当の問題は校則が厳しすぎるためだと結論を出している。
日教組は生徒をランクづけする制度にあるとしているが、
公立中学や高校で増える校内暴力について、
管理主義をさらに強化することによって対処しようとする学校が多くなっている。

校則は、1970年代末頃から急激に増えはじめたもので、馬鹿げた制限が多い。
日弁連は、子供の人権の重大な侵害が広範に見られるという結論の報告書をまとめた。
日弁連が調べた大半の学校で、
生徒の座り方、立ち方、歩き方、そして、手を上げる時の角度や高さまで
こと細かに規定した校則が適用されている。
下校路を指定している学校も多い。
級友と道で会話を交わすのを禁じている学校もあれば、
給食のおかずを食べる順番を決めている学校まである。
このような校則は、自宅でも休暇中でも適用される。
原則として、夕方六時以降は外出禁止で、起床時間も定められている。
日曜日も例外ではない。
読んでよいのは学校の選んだ図書に限られ、
見てよいテレビ番組を決めるのは、親ではなく学校である。
休暇中の家族旅行にも、許可が必要な学校もある。


    「兵営ハ条文ト柵二トリマカレタ一丁四方ノ空間二シテ、強力ナ圧力ニヨリツクラレタ抽象的社会デアル。人間コノナカ二アッテ人間ノ要素ヲ取リ去ラレテ兵隊ニナル」
    (野間宏『真空地帯』岩波文庫版下巻14頁)
    学校教育現場は、まさに「真空地帯」であると言える。 - 名言録

このスパルタ教育の学校の生徒全員が、
常時制服着用が義務付けられているのは、いうまでもない。
そのほか、髪型も同じでないといけない。
生まれつき巻き毛か、髪の色が黒くない生徒は、
学期が始まる時点で、それが生まれつきである旨、
親の証明書を提出しておいたほうがよい。
バーマをかけたり髪を染めることは厳重な処罰の対象となるからだ。
規則が多ければ非行が減るという考え方にもとづいて、
これだけ多くの校則がつくられたのは明らかだ。
だがこれは(少なくとも部分的には)誤算だった。
日弁連も日教組も、無意味な校則は、
生徒同士あるいは生徒の教師に対する暴力事件と直接的な関係があると見ている。
校則を強化し、『生産的』な社会人の必要性を説くやりくちは、
明治時代への逆戻りといえよう。
あの時代にも同様の反動が起こったからだ。


    為政者も教育者も、以下の言葉の意味を噛み締めるべきであろう。
    You are not machines.
    You are not cattle.
    You are men!
    君たちは機械ではない。
    家畜でもない。
    人間なのだ!!
    (映画『チャップリンの独裁者』より) - 名言録

この反動傾向は止めようがないようだ。
そして日弁連は行き過ぎを指摘することはできても戦う態勢にはない。
日本の新聞は、時々、警告を発しはするが、一貫した姿勢で対処するわけではなく、
ましてや深く調査して分析するところまではいかないようだ。
文部官僚に批判的にみえる編集委員が、一方では、
校内暴力は家庭でのしつけが足りないからだという公式見解を支持する書き方をする。
管理者が教育方針と統制の方式を定める権利とその可否に関して、
新聞がとる姿勢は、せいぜいよくみて、両面肯定的であり、
きわめて日本的なマスコミの体質そのものである。

日本のマスコミは、
教育制度に比べれば独立性が高く、
一見したところ『システム』内で仇役の立場を演じているように見える。
ところが、日本の新聞かほぼ一貫して見せる『反体制』の姿勢は、
いたって表面的なものである。
日本の新聞は、決して『システム』を『真正面から本格的』に論じることはない。
時折、『システム』の一部構成員に対して激しい怒りを示すことはあっても、
それが三週間以上続くことはめったにない。
また、その怒りも、かえって他の競合構成員の利益になることが多い。
この点において現代日本のジャーナリストは、
初期の新聞に比べて勇気がないといえる。

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日本には、はっきりと識別できる支配階級が存在する。
その成員は主に、官僚、財界人、自民党員の一部からなり、
すべて本質的には管理者である。
したがってここには志の高い政治家の入り込む余地はない。
この支配階級は厳密にいえば世襲制ではない。
しかしこの階級に入り込むうえで、管理者の子息は大いに有利な立場にある。
いずれにせよ、生まれに関係なく、
たいていの男の子が中学生になる頃には自分にチャンスがあるかどうかが判る。


    その通りですね。
    金や地位によって、学力社会が成り立っていますね。 - 銘無き石碑

    これがB層か - 銘無き石碑

日本の『システム』を存続させているのは、
構成員の資格基準および管理者間の業務を統御するルールを
仲間うちで非公式に管理することによって、
管理者階級を守りつづけることである。
この基準やルールは、現に『システム』を『システム』たらしめているものであって、
これらの関係は憲法にもとづいていないし、
他の法律にも、省庁の公式の行政令にも、
自民党、企業あるいはその他の管理機関の公式な規則にももとづかない、
非公式なものである。

『コネ』は日本社会のあらゆるレベルで決定的に重要である。
成功は誰を知っているかによってほぼ決まってしまう。
望ましい大学に入るにも、いい就職口を見つけるにも、コネがものをいう。
最高の医療を受けるにも、多忙な名医への特別の紹介状が不可欠である。
社会の上層レベルでは、コネはさらに複雑化し、
特別な関係の一大ネットワークを形成する。
こういった複合的なコネは、一回の恩義から生まれることもあるし、
同じ学校だったり、経験の共有だったり、
複雑な事情があっての互いのごぎげん取りを通して生じる。
このような人と人とのつながりを人脈というが、
文字通り、社会の構造中に広がる人の鉱脈あるいは網の目である。
日本の人脈は、欧米の有名校の同窓生ネットワークよりはるかに広範囲に及ぶもので、
比較できないほどの重要性をもっている。

政、財、官界では、
婚姻関係によって、
エリート同士の非公式なつながりが築き上げられていく。
自民党の政治家は、
先輩の有力政治家の娘と結婚することによって自分の地位を固め、
次に、自分の息子や娘を羽振りのいい有力財界人の子供と結婚させ、
『閨閥』を形成していく。
こうした管理者階級の結びつきをさらに強化するため、
専門に世話をする仲人がいる。
たとえば元華族学校の学習院女子部の同窓会のさるグループも、その一つである。

東大が日本の教育システムの頂点とされるのは、
学問の質が高いからではない。
卒業生がトップクラスの管理者になるという伝統があるからだ。
そして新卒者は自動的に確立された同窓生のネットワークに加われる。
大蔵省の課長以上の地位にある役付官僚の88.6パーセントが東大卒である。
その他、外務省では76パーセント、国土庁では73.5パーセント、
運輸省では68.5パーセントとなっている。

東大卒業生(それに京大卒業生)の世界は、非常に排他的である。
彼ら以外の者は、『エリートコース』の他の支流から来た者でも、
自分の働く省庁に本当は属していないのだとしばしば感じるという。
秦野章は中曾根内閣の法務大臣だったが、
慎ましくも日本大学(夜学)の卒業生だったので、
法務省と司法関係官僚たちからいっせいにつまはじきにされた。

『システム』は管理者層を保護する。
全体的に、エリート階級は
常識をはずれたイデオロギー主導の政治から安全に隔離されている。
それに個人的にも、自分の行為の結果の責任について、
一般の日本人よりはるかに保護されているといえる。
こういった保護がどの程度行われるかは、
三光汽船のケースを見るとよく判る。