ニッコロ・マキャヴェッリ 94

1469年5月3日 - 1527年6月21日
イタリア、ルネサンス期の政治思想家、フィレンツェ共和国の外交官。 著書に『君主論』、『ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての論考(ディスコルシ)』、『戦術論』がある。理想主義的な思想の強いルネサンス期に、政治は宗教・道徳から切り離して考えるべきであるという現実主義的な政治理論を創始した…-ウィキペディア

中立でいると、勝者にとっては敵になるだけでなく、
敗者にとっても、助けてくれなかったということで敵視されるのがオチなのだ。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)106p

個人でも国家でも同じだが、相手を絶望と怒りに駆りたてるほど痛めつけてはならない

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)110p

軍隊の指揮官でさえ、話す能力に長じた者が、良い指揮官になれる。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)114p

指導者をもたない群集は、無価値も同然の存在である。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)115p

兵糧の手配が不十分な軍隊は、敵と武器を交える前に、すでに負けている。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)116p

武装していない金持は、貧しい兵士への褒賞である。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)117p
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指揮権が複数の人間に分散しているほど、有害なことはない。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)123p

無理じいされて結んだ協約を破棄するのは、恥ずべき行為ではまったくない。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)128p

場合によっては、人を屈服させるのに、非常で暴力的な行為よりも
温情に満ちた人間的なあつかいのほうが、有効であることがある。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)130p

人間とはしばしば、敬愛する者よりは恐怖を感ずる者のほうに、服従するものである。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)131p

大衆は常に、政治を行う者を模倣する

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)136p
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リーダーの素質とは、所詮もって生れた天性のものによるのではないだろうか。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)137p

不正義はあっても秩序ある国家と、正義はあっても無秩序な国家のどちらかを選べと言われたら、わたしは前者を選ぶであろう。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)148p
『君主論』より

変革というものは、ひとつ起ると、必らずや次の変革を呼ぶようにできているものである。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)150p

人間とは、絶望的な恐怖に襲われるや、
それから身を守ろうとする想いだけで、狂暴で無思慮な反撃に転ずるものである。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)151p

民衆というものは、善政に浴しているかぎり、とくに自由などを、
望みもしなければ、求めもしないものである。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)153p

民衆は、群れをなせば大胆な行為に出るが、個人となれば臆病である。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)173p

卑屈な奴隷か、さもなければ傲慢な主人か、これが民衆の本質である

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)175p

慎重であるよりは、果敢であるほうがよいと、断言する。
なぜなら、運命の神は女神なのだから、
彼女に対して主導権を得ようと思うなら、乱暴にあつかうことが必要なのだ。
運命は、冷たいほど冷静に対してくる者よりも、
征服したいという欲望を露わにしてくる者のほうに、なびくようである。
要するに、運命は女に似て若者の友である。若者は、思慮に富んでいないがために
後々のことなど考えず、より激しく、より大胆に、女を支配するからである。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)200p

    中途半端の好きを本気の好きに変える時が来た。令和を境に。 - 銘無き石碑

    優しさのない男は、結局信用できないのさ。 - 銘無き石碑

    人の利益を優先できない人間は友達ができないよ。 - 銘無き石碑

    君に絶望した。それが答えだ。馬鹿とは付き合えません。悪しからず。 - 銘無き石碑

    君に絶望したら、結局は私が終わるのだ。君の知性が煌めいている瞬間を何度も見てきた。君は馬鹿ではない。 - 銘無き石碑

人間は、運命に乗ることはできても逆らうことはできない

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)202p

運は、制度を変える勇気をもたない者には、その裁定を変えようとはしないし、
天も自ら破滅したいと思う者は、助けようとはしないし、助けられるものでもないのである

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)203p

ローマ人は、負けたときにもくじけず、勝ったときにもオゴらない

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)205p

人間の行う行為を見れば、
いかに完璧を期そうとも、必ずなにか不都合なことを引きずっているものである。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)206p

好機というものは、すぐさま捕えないと、逃げ去ってしまうものである。

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)207p

人間はなぜか、同じような情熱に駆られるものであり、結果もまた同じように終るものだ

塩野七生 『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫,1992)209p