ブレーズ・パスカル 83

1623年6月19日 - 1662年8月19日
フランスの哲学者、自然哲学者(近代的物理学の先駆)、思想家、数学者、キリスト教神学者である。 早熟の天才で、その才能は多分野に及んだ。ただし、短命であり、三十代で逝去している。死後『パンセ』として出版されることになる遺稿を自身の目標としていた書物にまとめることもかなわなかった。 「人間は考える葦である...-ウィキペディア

キリスト教の信仰は二つの真理。
すなわち人間の自然性の堕落と、イエス=キリストの購いとを両立させるところである。

「パンセ」より

人間が存在するということは不可解であり、神が存在しないということも不可解である

「パンセ」より

神を感じるのは心情であって、理性ではない。
信仰とは、そのようなものである。

「パンセ」より

多くの宗教が互いに相反しているのをみる。
だから、ひとつを除いて、他はみな虚偽である。
どの宗教も、それ自身の権威に基づいて信じられることを欲し、
不信仰者をおびやかす。

「パンセ」より

    多くの宗教が互いに相反している。だから、ひとつ残らずすべて虚偽である。 - ラスカル

人々は宗教を軽蔑している。
彼らは宗教を嫌悪し、宗教が真実であるのをおそれている。
これを強制するには、まず宗教が理性に反するものでないことを
示してやらねばならない。

「パンセ」より

人間はつねに、自分に理解できない事柄は何でも否定したがるものである。

「小品集ー幾科学的精神について」より

    そう思います。しかし否定でなく相手の意見を受け止めてから自分の異なった意見をするといい - 銘無き石碑

    否定ばっかりしてる人は頭が悪いって事かな? - 銘無き石碑

    「大半の人間は、否定するに足るだけの根拠がそろう前に否定をする」
    って事だろうから、人間=馬鹿ってことでも問題ないんじゃないかな
    (否定だけじゃなく「肯定」もまた然り)
    理解できないことは判断を保留して中立を保つ事って、
    簡単なようで実はほとんど誰も出来ていないとだろう私は感じている
    現に私のこの意見↑も判断するに足るだけの根拠が揃っているとは言い難いが、
    私が私なりの結論を欲しているから結論付けたに過ぎない - 銘無き石碑
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われわれは理性によってのみではなく、心によって真実を知る。

「パンセ」より

真理が自分の罪業を証明しないかと、
真理を畏れ始めるときほど不幸なことはない。

「パンセ」より

この無限の空間の永遠の沈黙は私に恐怖を起こさせる

「パンセ」より

    パスカルほどの人が何を期待しているのでしょうか? - しぃ

    偉大な人間のことを凡人は知るべきではない。
    こいつはダヴィンチをもしのぐ天才だろうと推測している。 - あsd

人はひとりぼっちで死ぬであろう。だから、ひとりぼっちであるかのごとく行為すべきである

「パンセ」より

雄弁も長たらしくなると退屈する。

「パンセ」より
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雄弁は思想を移した絵画である。だから、書き終えた後でなおも加筆する人は、
肖像画の代わりに装飾画をつくることになる。

「パンセ」より

    なかなか面白い視点だね。それが人間ってものじゃないかな。 - あsd

人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。むしろ同時に二つの極端に達し、その中間をすべて満たすことによって、
それを示すものである

「パンセ」より

人間には二種類しかない。一つは自己を罪人だと思っている善人であり、
他の一つは、自己を義人だと思っている罪人である

「パンセ」より

人間は神と悪魔との間に浮游する

「パンセ」より

人間は天使でもなければ、獣でもない。しかし不幸なことは、人間は天使のように行動しようと欲しながら、獣のように行動する

「パンセ」より

人間は自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかし、それは考える葦である

「パンセ」より

人間は偽装と虚像と偽善にほかならない、己自身においても、また他人においても

「パンセ」より

力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。
なぜならば、つねに悪人は絶えないから正義なき力は弾劾される。
それゆえ正義と力を結合せねばならない。

「パンセ」より

判断の道徳とは、基準を持たない精神の道徳を軽蔑する。
というのは、精神に科学が属しているように、
判断には感情が属しているからである。

「パンセ」より

人々は美徳の点ではそんなに差異はなく、悪徳の点でのみ差異がある。

「パンセ」より

空想はすべてのものを配置する。それは美・正義・幸福を創造するが、これらはこの世のすべてである

「パンセ」より

栄誉に反対した論者も、よい論文だということで栄誉を得ようと欲する。

「パンセ」より

虚栄は人間の心の中に深くいかりをおろしているので、
軍人も兵卒もコックも人足も、それぞれ自慢する。
栄誉を否定する論者も、よく論じた栄誉は得たいと望む。

「パンセ」より

人間の過大な愚劣さは、名誉を追求することであるが、
それこそまさに、人間の優秀さの最高のしるしである。

「パンセ」より