ライナー・マリア・リルケ 105

1875年12月4日 - 1926年12月29日
オーストリアの詩人、作家。シュテファン・ゲオルゲ、フーゴ・フォン・ホーフマンスタールとともに時代を代表するドイツ語詩人として知られる。 プラハに生まれ、プラハ大学、ミュンヘン大学などに学び、早くから詩を発表し始める。当初は甘美な旋律をもつ恋愛抒情詩を発表していたが、ロシアへの旅行における精神的な経験を経て...-ウィキペディア

子供は未来であり、回帰なのです。子供は胎であり、海なのです

「巡礼の巻」より

成功というものは、風に吹かれる穂波のおうに、それに対して人が身をかがめ、その後に再び身を起こす、
そういう成功があるだけだ

「書簡」より

死とは、私達に背を向けた、私たちの光のささない生の側面である

「ドウイノの悲歌」より

幼年時代を持つということは、ひとつの生を生きる前に、無数の生を生きるということである

「パリの手紙」より

想像する最も深い体験は女性的である。というのは、それを受胎し、分娩する体験だからである

「パリの手紙」より

私の運命は何一つ運命を持たないことです

「ヘルダーリンを歌った詩」より
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名声に打ち克つことの出来る孤独者は滅多にいない。
彼はほっと安堵の顔をあげた途端に打ちのめされる。

「マルテ・ラウリツ・フリゲの手記」より

人間はどこからやってきて、ひとつの生活を見つけ出す出来合の生活だ。
ただ人間は、そのレディ・メードの服に手をとおせばよいのだ。
しばらくすると、この世から去らねばならないし、否応なしに出て往かねばならない。

「マルテ・ラウリツ・フリゲの手記」より

私たちは自分の存在を及ぶ限りの広さで受け取らなければなりません。すべてのこのとが前代未聞のことでさえも、その中にはあり得るのです

「若い詩人宛の書簡」より
おとなの純愛
心から女を愛した経験をもった男の場合も、同じであるのかもしれない。

男に心から愛された経験をもつ女は一生孤独に苦しむことはない

塩野七生『人びとのかたち』(新潮社,1997)16p

    別れた旦那は私のことを愛してくれてたなあ。条件付きの愛じゃなくて、本当にいい経験かできました。 - 銘無き石碑

億にものぼる星々が、夜にはあなたの頭上高く駆け巡り、輝いている。でもあなたの中には、これらの星々がすべて死に絶えてもなお在り続ける何かが宿っている。

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世間の恋人たちを見るがいい。
やっと告白が始まるときにはもう欺いている。

お前は私を孤独にする
私が手放すことができるのはお前だけ

神は水だ あなたはただ浄らかな
皿のかたちをつくって 両手をさしだしておいでなさい

石の天使よ あなたが何を私たちの存在について知っていよう?

ひとりの否定者のように吹きおろす嵐のなかで
ふと 私たちは感じるのだ さらにやさしく
微笑によってあなたの方へ引きよせられるのを

いまどこか世界の中を歩いている
理由もなく世界の中を歩いている者は
私に向って歩いているのだ

なぜなら 主よ 大都会は
失われたもの そして分解したもの

私はいつも耳をそばだてています ちょっと合図をなさって下さい
私はすぐそばにおります

子は未来であり 回帰なのです
子は胎であり 海なのです・・・・

私は父です しかし息子はより以上のものです
父がなり得たもののすべてであり
父がなり得なかったものも 子のなかで大きくなるのです

私はほんとうにあなたと会ったことがないのだろうか?
私の心は あなたによって重い

美しい結合を 
もう一度さし示し さしだし そして引きちぎるものを

それはみんな女たちのようで
しかも 小さい 白い一点にすぎなかった

あなたは春分の純粋な夜のように
昼と昼とを二分して立っている