0 コメント数 シェア 人質には、二種の使い方がある。第一は、こちらの意向に反対するならば、手もとにいる人質を殺す、といって脅すやり方である。第二は、こちらの意向に反対するならば、手もとにいる人質を旗印にした軍隊を送っての反対勢力の壊滅も辞さない、と言って脅すやり方である。 塩野七生 『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち [三]』(新潮文庫,2005)32p 3 タグ
0 コメント数 シェア 歴史に感心をもつことは、自分をふくめた個々の人間の独創力に全面的な信を置かないことでもあるからだ。言い換えれば、「歴史は自分が創る」とは思わず、「歴史は人間たちが創る」と思う立場である。 塩野七生 『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち [三]』(新潮文庫,2005)38p 2 タグ
0 コメント数 シェア クラウディウス「アレクサンドリア人への手紙」を塩野流に平坦な言葉で要約すると 不満があるなら相手に向って爆発させる前にローマに言ってこい 塩野七生 『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち [三]』(新潮文庫,2005)54p 2 タグ
2 コメント数 シェア 自己制御の能力が十分な女を、女らしいとは評さないのが男ではあるのだけど。 塩野七生 『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち [三]』(新潮文庫,2005)99p 4 タグ その通り。 - 銘無き石碑 2011-09-27 03:16:56 UTC 塩野の考える自己制御とは何なのかを書いといてくれないと - 銘無き石碑 2012-04-17 05:10:07 UTC
0 コメント数 シェア 歯車といえば、いかに個々の歯車が良く出来ていても、それでイコール機能の向上にはならない。 塩野七生 『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち [三]』(新潮文庫,2005)104p 2 タグ
1 コメント数 シェア 女にモテた経験のない男というのは、選べるようになっても怖じ気づくのである。 塩野七生 『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち [三]』(新潮文庫,2005)149p 3 タグ もてないなんて嘘八百 - 銘無き石碑 2017-11-25 23:42:26 UTC
0 コメント数 シェア 敬意を払われることなく育った人には、敬意を払われることによって得られる実用面でのプラス・アルファ、つまり波及効果の重要性が理解できないのである。ゆえに、誠心誠意でやっていればわかってもらえる、と思いこんでしまう。残念ながら、人間性は、このようには簡単には出来ていない。私などはときに、人間とは心底では、心地良く欺されたいと望んでいる存在ではないかとさえ思う。 塩野七生 『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち [三]』(新潮文庫,2005)190p 2 タグ
0 コメント数 シェア 人間は、問題がなければ不満を感じないというわけではない。枝葉末節なことであろうと問題を探し出しては、それを不満の種にするのは人間性の問題である。 塩野七生 『ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち [四]』(新潮文庫,2005)16p 2 タグ
0 コメント数 シェア 同情とは、現に眼の前にある結果に対しての精神的対応であって、その結果を産んだ要因にまでは心が向かない。 塩野七生 『ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち [四]』(新潮文庫,2005)21p 3 タグ
0 コメント数 シェア 私の考える「二流」は、不足の事態への対処を迫られないかぎり、適度なことはできる人、という意味だ 塩野七生 『ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち [四]』(新潮文庫,2005)76p 3 タグ
0 コメント数 シェア 人間には、自ら体験しないと、つまり身にしみないと、理解できない人が多いのである。 塩野七生 『ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち [四]』(新潮文庫,2005)105p 2 タグ
0 コメント数 シェア 影響を受け容れる人がいなければ発揮できない。作家は読者がいなければ成り立たないのである。 塩野七生 『ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち [四]』(新潮文庫,2005)108p 2 タグ
0 コメント数 シェア 権力をもてば、それがどのようなたぐいの権力であろうと、権力をもたない側からの批判を浴びずにはすまない。しかも権力者への非難とは、なぜかその権力者に弱みが見えたとたんに、集中攻撃してくるものでもある。 塩野七生 『ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち [四]』(新潮文庫,2005)109p 3 タグ
0 コメント数 シェア 知識人とは、「知」を探求するだけでなく「知」で勝負する生き方を選んだ人である。 塩野七生 『ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち [四]』(新潮文庫,2005)110p 3 タグ