卜部兼好 名言数 4

日本の随筆家。徒然草を書いた。 後に吉田兼好と通称された。 出家したことから兼好法師とも呼ばれる。

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私は八歳のころ、父に問いかけてみた。
「仏様というのはどんなものなの?」
父は、「人間が仏になったんだ」と答えた。
私はまた問いかけた。
「どんな方法で、人は仏になるの?」
すると父は、「仏の教えを学んで、仏になるんだよ」と答えた。
私はまた問いかけた。
「その、仏の教えを教えたという仏には、誰が教えたの?」
すると父は、「それもまた、
前の仏の教えを学んで、仏になったんだよ」と答えた。
どうにもおかしい点があるので、私は最後の問いかけをした。
「それでは、一番最初に仏の教えを教えた仏とは、
いったい何者でどこで仏を知ったのですか?」
すると父は、
「空から落ちてきたか、土から生えてきたんじゃないか」
と言って笑ってごまかした。

八つになりし年、父に問ひて云はく、
「仏は如何なるものにか候ふらん」と云ふ。
父が云はく、「仏には、人の成りたるなり」と。
また問ふ、「人は何として仏には成り候ふやらん」と。
父また、「仏の教によりて成るなり」と答ふ。
また問ふ、「教へ候ひける仏をば、何が教へ候ひける」と。
また答ふ、「それもまた、先の仏の教によりて成り給ふなり」と。
また問ふ、「その教へ始め候ひける、第一の仏は、
如何なる仏にか候ひける」と云ふ時、
父、「空よりや降りけん。土よりや湧きけん」と言ひて笑ふ。

大人は卑怯でさぁ~ - yesh
wwww - 銘無き石碑

女というものが、いったいどれほどすばらしいものかと言えば、
実はみんなろくでもない者ばかりだ。
自分勝手で、欲深で、物の道理が皆目わからない生き物である。
口先だけは達者なくせに、口車には乗りやすい。
こちらから尋ねると、どうでもいいことでもなかなか言わない。
それで用心深いのかと思ったら、
今度はあさましいことまで聞かれもしないのにしゃべり出す。
はかりごとを巡らして表面をつくろうことにかけては、
男の悪知恵以上だが、
化けの皮がはがれていることがわからない、
愚かでひねくれ者なのが女というものなのだ。
そんな女の言うままになって、良く思われようとすることが、
どれだけくだらないことか、わかるはずだ。

女、如何ばかりいみじきものぞと思ふに、女の性は皆ひがめり。
人我の相深く、貧欲甚だしく、物の理を知らず。
ただ、迷ひの方に心も速く移り、詞も巧みに、
苦しからぬ事をも問ふ時は言はず。
用意あるかと見れば、
また、あさましき事まで問はず語りに言ひ出だす。
深くたばかり飾れる事は、男の智恵にもまさりたるかと思えば、
その事、跡より顕はるるを知らず。
すなほならずして拙きものは、女なり。
その心に随ひてよく思はれん事は、心憂かるべし。

たいへん的をえた随筆だと思います。女の本質を惑わされることなくよく見抜いています。男にも見る目がある人はいるのですね。 - 銘無き石碑
よっぽど、ブスじゃないかぎり
どうでもいい。
- ピグレット

孤独を嫌う人は、いったい何を考えているのだろうか。
世俗にも誰にも邪魔されることなく一人でいることは良いことなのに。
世間に従えば、心は外界の虚偽に巻き込まれやすく、
人と交流すれば、言葉は彼らに合わせるものとなり、
自ら心を失ってしまう。
ふざけあい、奪いあい、恨まれたり喜ばれたり、
定まることなく踊らされ続ける。
不自由な選択判断を迫られ、得たり失ったりが止むことがない。
戸惑いながら酔っ払うようなもので、酔いの中で夢や幻を見る。
忙しく走らされて、本質を忘れてしまう。
世間の人々は皆このような状態である。
まだ真の道を知らずとも、汚い社会から離れ、
身も心も穏やかにしていれば、この世を楽しむことができよう。
「生業、社交、技術、学問、などは捨てさればいい」と、
摩訶止観にもある。

つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。
まぎるる方なく、ただひとりあるのみこそよけれ。
世に従へば、心、外の塵に奪はれて惑ひ易く、
人に交れば、言葉、よその聞きに随ひて、さながら、心にあらず。
人に戯れ、物に争ひ、一度は恨み、一度は喜ぶ。
その事、定まれる事なし。
分別みだりに起りて、得失止む時なし。
惑ひの上に酔へり。酔ひの中に夢をなす。
走りて急がはしく、ほれて忘れたる事、人皆かくの如し。
未だ、まことの道を知らずとも、
縁を離れて身を閑かにし、事にあづからずして心を安くせんこそ、
しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。
生活、人事、伎能、学問等の諸縁を止めよ。とこそ。
摩訶止観にも侍れ。

長い(´・ω・`) - 銘無き石碑
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