教育とは自然の性、すなわち天性に従うことでなければならない。
国家あるいは社会のためを目標とし、国民とか公民になす教育は、
人の本性を傷つけるものである。

「エミール」より
ジャン=ジャック・ルソー

ジャン=ジャック・ルソー 50

1712年6月28日 - 1778年7月2日
フランス語圏ジュネーヴ共和国に生まれ、主にフランスで活躍した哲学者、政治哲学者、作曲家。...-ウィキペディア


寄せられたコメント(2)


    「物を知るには、これを愛さなければならない。物を愛するには、これを知らなければならない.」西田幾多郎: 私はこう解釈する.知と愛は言葉である。言葉は認識を表す。人間が区別して認識していることになる。だから上の文は繰り返しの矛盾にしか見えない。しかし、言葉を知らない段階の人類はどうだっただろう。現代の人間は人類を愚昧で未開人と思い込む傲慢に慣れ、自分こそ科学技術信仰の奴隷であることに気づかぬ愚か者であるのを忘れている。 人類は自然と一体に生き、暮らしていた。自然を我を生かす恵みと感謝し我も自然の一部と感じ、死んだら自分を自然に返し自然を育てる。 現代人のように自然を破壊することが文明だと考えるようになったのは教育の結果だ。ルソーはそう言いたかったのだろう。 しかし文明は私たちに安息を与え,生病老死の苦を和らげてくれた。 だが行き過ぎた文明は、かえって四苦を復活している。 私たちに残されている選択肢はひとつ、文明の抑制である。 目安は、人工的な自然の再創造はしないこと、例えば原子力をエネルギーとすること、遺伝子組み換え技術を利用すること、人工的延命技術を使うことなどである。 - 岬

    現代日本の学校教育はまさに人の本性を破壊するものだ - 銘無き石碑

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