松下幸之助 223

1894年11月27日 - 1989年4月27日
日本の実業家、発明家、著述家。 パナソニック(旧社名:松下電気器具製作所、松下電器製作所、松下電器産業)を一代で築き上げた経営者である。異名は経営の神様。 自分と同じく丁稚から身を起こした思想家の石田梅岩に倣い、PHP研究所を設立して倫理教育に乗り出す一方、晩年は松下政経塾を立ち上げ政治家の育成にも意を注いだ...-ウィキペディア

熱心は、人間に与えられた大事な宝である。
そして、この宝は、誰にでも与えられているのである。

視野の狭い人は、我が身を処する道を誤るだけでなく、人にも迷惑をかける。

わずかな人間の知恵の幅である。
賢さの中にも愚かさがあり、愚かさの中にも賢さがひそんでいる。

自分の金、自分の仕事、自分の財産。
自分のものと言えば自分のものだけれど、これもやっぱり世の中から授かったもの。
世の中からの預かり物である。


    発想がすごい - さくら

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、他の人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広いときもある。狭いときもある。のぼりもあれば、くだりもある。
坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。
この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまるときもあろう。
なぐさめを求めたくなるときもあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。
あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、とにかくこの道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか。
自分だけに与えられている かけがえのないこの道ではないか。
他人の道に心を奪われ、思案にくれて立ちすくんでいても、道は少しもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。
それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。


    "歩く"は"少し""止まる"と書く。 - 銘無き石碑

人と比較をして劣っているといっても、決して恥ずることではない。
けれども、去年の自分と今年の自分とを比較して、もしも今年が劣っているとしたら、
それこそ恥ずべきことである。


    常に進歩 - さくら
広告
(※僥倖/ぎょうこう…偶然に得た幸運のこと)

小利口に儲けることを考えたらあきません。
世の中にぼろいことはないから、結局流した汗水の量に比例して、成功するわけですわ。
汗もかかずして、
成功するということもためにはありますけど、それはきわめて僥倖な人で、普通はない。

窮状に陥っても悲観しないことです。
(戦争で)自分は財産が一瞬にして無くなったことがありました。
しかも莫大な個人負債ができたんです。
普通は首でも吊ってしまわなければならないほどの困難な状態ですわ。
しかしこれでも死んでいる人よりましや、
弾に当たって死んだ人もたくさんあることを思えば
ぼくは恵まれてる、こんなに恵まれている自分は幸せや、ありがたいことや、
そう思ったら悲観することはない。
それで歓喜をもってこの困難に取り組んでいこうと考えてやってきたと思うんですよ。

いくら熱心でもムダなことやったらいけませんで。
それがムダかどうかは、あなた自身で考えなさい。
これはムダなことかどうか、一つひとつ検討しなさい。
必ずムダなことをやっているに違いない。


    マスコミの存在自体 - さくら

「自分の行う販売がなければ、社会は運転しない」
という自信をもつことであり
「それだけの大きな責任を感ぜよ」
ということが しっかりした商売ができるかどうかの基本になりますな。

素直な心で見るということがきわめて大事だ。
そうすれば、事をやっていいか悪いかの
判断というものは、おのずとついてくる。

広告

ぼくが奉公している時分に一人前になるためには、
小便が赤くなるくらいにならないとあかんのや
そういうことを二、三べん経てこないことには、
一人前の商売人になれんぞということを、親方から聞いた。
どういうことかというと、商売で、心配で心配でたまらん、
もう明日にでも自殺しようかという所まで追い込まれたら、小便が赤くなるという。
そういうようなことをしてきて初めて一人前の商売人になる。
だから尋ねるんやが、あなた、儲からん儲からん言うけど、小便赤くなったことあるか?

商売であがった利益は、
法律上は個人のものであるけれど、しかし実質的には社会の共有財産である。
したがってその一部は自分の良識で使うことが許されるけれども、
大部分は社会から預かった金である。
財産があることは、それでさらに事業をしなければならん。

企業は存在することが社会にとって有益なのかどうかを
世間大衆から問われていますが、それに答えるものが経営理念です。
つまり、経営者は他から問われると問われざるとにかかわらず、
この会社は何のために存在しているのか
そしてこの会社をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのかという
企業のあり方について、みずからに問い、みずから答えるものを持たなくてはならない。
言い換えれば、確固たる経営理念を持たなくてはならないということです。

誠意や真心から出たことばや行動は、それ自体が尊く、相手の心を打つものです。

人の言に耳を傾けない態度は、自ら求めて心を貧困にするようなものである。


    君は女性の言に耳を傾けないね。 - 銘無き石碑

どんな賢人でも、その人ひとりの知恵には限りがあって、
だから自分の知恵、才覚だけで事を運べば、考えがかたくなになる。視野が狭くなる。

わからなければ、人に聞くことである。

大事なことは、理屈のやりとりではない。

昨日の考えは、今日は一新されていなければならないし
今日のやり方は、明日にはもう一変していなければならない。

師をそのまま模倣するだけでは師以上にはなれないけれど、その考えをよく吸収消化して自ら励んでいけば、師以上の人物になれるかもしれませんね。

世の中はいい先生である。
寛大なところはあるが、最後には正邪をちゃんと弁えている。
だから馬鹿にしてはいけない。
すじみちの通ったことは
やはり通してくれるのである。

わるい時がすぎれば、よい時は必ずくる。
おしなべて,事を成す人は、必ず時を来るのを待つ。