論語は宇宙一の書とされる。その因としてこの言葉が論語にあることが貴重だと思う。即ち、多の歴史的書物にないところの真理がこの言葉に含められている。もちろん、一般に言われているところの「朝、道を聞いたら、その日の夕方に死んでも、本望である。」というのではない。 この言葉は『ひとの人生には、「可」と「不可」があることを表し、人の人生が「可」となるためには、唯一、道を人から教わる必要がある』ということを意味している。人から教わる道とは何か?私は「大自然」にかかわるものだと思うが、説明は出来ない。また自分でつかみきろうとしてもできないものである。どうか「可」となるように努力し、人に教えられる「縁」を求めてほしい。 鉄のわらじを踏み破れども明師に合いがたし。(弘法大師) - warau1943 |