自然が人類を二つに分けたとき、
これを真二つに等分したのではなかった。
すべて両極に分かれているものにおいて、陽極と陰極との相違は、
単に質的のみならず、同時に量的なものがある。
――古代ギリシア・ローマの人々および東洋の諸民族は、まさしく、
そのような女性観を持っていたから、従って、彼らは、
女たちに適当する地位を、
私たち現代のヨーロッパ人よりもはるかに正当に認識していたのである。
これにひきかえ、私たちは、このキリスト教……
ゲルマン的愚昧の最上の精華である古代フランス風の慇懃と、
馬鹿げきった女人崇拝とを持っているのだ。
しかも、このことは、ただ、往々にして、
ベナレスにおける神聖な猿どもを想起させるほどに、
女たちを横柄かつ無遠慮にするのに役立っているばかりである。
それらの猿どもは、
自分たちが神聖視され、かつ殺生禁断になっているのを知って、
自分たちの欲することは全てことごとくが許容されるものと
考えているのだ――
『女について』
アルトゥル・ショーペンハウアー
アルトゥル・ショーペンハウアー 91
1788年2月22日 - 1860年9月21日
ドイツの哲学者。主著は『意志と表象としての世界』(Die Welt als Wille und Vorstellung 1819年)。
仏教精神そのものといえる思想と、インド哲学の精髄を明晰に語り尽くした思想家であり、その哲学は多くの哲学者...-ウィキペディア