教訓を得る人は、それでよい。
しかし、歴史から学ぶことになど無関心で
ただそれを愉しむために読む人も
私にとって大切な読者であることに変わりはない。
いや、そのような人を満足させえてはじめて
真にためになる教訓を与えることも可能なのだと
信じているくらいだ。
1981年10月 フィレンツェにて
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