一年早く満洲重工業株式会社を創立していたならば
僕は時代に先駆けることができた。
もし僕がアメリカの資本と技術と機械とを
満洲国に導入することに成功していたならば
日本は、その鉾先をソ連に向け、アメリカとの提携を成立させ
独伊との枢軸関係を結ばずにいて
アメリカは満洲国を外面はともかく実質的に承認し
それによって支那事変も起こらず
世界の情勢は別の進路をたどったかもしれなかった。
満洲重工業株式会社とは、満洲国に埋蔵する地下資源を担保にして
米国資本からの融資を受け、米国製の大型の工業機械を大規模に導入し
満洲国において高度成長を成し遂げる、という
彼が提唱した国家事業のための会社だった。
日本国内の反発はあったものの首脳部の支持を取り付けて実現された。
米国経済界の反応は好意的であった。
しかし、パネー号事件などで、米国との関係がその後急速に悪化したために当初の計画は頓挫した。
満洲重工業株式会社の総裁を辞任した直後、ヤマトホテルにて武藤富男に語った内容。