期待は他人の行為を拘束する魔術的な力をもつている。我々の行為は絶えずその呪縛のもとにある。道徳の拘束力もそこに基礎をもつている。他人の期待に反して行為するといふことは考へられるよりも遥かに困難である。時には人々の期待に全く反して行動する勇気をもたねばならぬ。世間が期待する通りにならうとする人は遂に自分を発見しないでしまふことが多い。秀才と呼ばれた者が平凡な人間で終るのはその一つの例である。
出典:「利己主義について」(人生論ノート)
三木清