俺だって生身の人間だ。とにかく最後は、
レスラー・猪木じゃなくて、人間・猪木になってしまった

アントニオ猪木

1974年6月26日 シンの腕を折った試合後
新宿路上襲撃事件、猪木の左目を焼いた火炎殺法、
そして鉄柱攻撃とアーム・ブリーカーでシンの右腕を折った、この腕折り事件に行き着いた。
 試合後の猪木の発言がこれである。
その後、猪木は「俺の右腕を、どう痛めつけられたか記憶はないが
あの瞬間、腕を折ってやろうという気持ちになった。
本能的なものだと思います。
でも今までのことを考えれば徹底的にやって再起不能にしてしまうところだったが、
レスラーとして使いものにならないのも可哀想だなという気も起きた。
攻撃を止めたのは日本人の弱みだろう 。とにかく後味が悪い」と続けた。

アントニオ猪木

新日本プロレス創始者であり、実質オーナー
日本にタバスコを広めた人物

     

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